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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)1776号 判決

原告 早野正

右訴訟代理人弁護士 大塚正民

被告 弘容信用組合

右代表者代表理事 白石森松

右訴訟代理人弁護士 大沢憲之進

主文

原告の主たる請求および予備的請求を、いずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主たる請求として「被告は原告に対し金三六七万五、〇〇〇円および、これに対する昭和三八年二月一三日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」、予備的請求として「被告は原告に対し金三六七万五、〇〇〇円および、これに対する昭和三八年二月一三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに、以上いずれについても仮執行の宣言をそれぞれ求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

第一、主たる請求の原因

一、訴外関西製鉄株式会社は昭和三六年一二月九日、訴外三立商事株式会社にあて金額三六七万五、〇〇〇円、満期昭和三七年六月二〇日、支払地振出地とも大阪市、支払場所千代田信用組合なる本件約束手形一通を振出し交付した。そして右三立商事株式会社はこれを訴外港陽金属株式会社へ、更に右港陽金属株式会社は原告へ、順次、裏書譲渡し、原告は昭和三七年一月二六日これを取立委任のため訴外貝塚信用金庫(後に阪南信用金庫と改称した。)へ裏書譲渡した。同金庫はこれを満期日に呈示しようとしたが、振出人たる前記関西製鉄株式会社から支払延期の要請があったので、その支払呈示を延期し、改めて昭和三八年二月一二日に、同手形を支払場所において支払のため呈示したが拒絶された。そこで原告は直ちに同金庫から本件手形の返済を受けて現にこれを所持している。

二、右千代田信用組合は中小企業等協同組合法第三条第二号規定の信用協同組合で、同法第九条の八所定の業務を行っていたが、被告信用組合は昭和三八年八月一三日、右訴外組合を吸収合併して、同組合の権利義務を包括的に承継した。

三、ところで右千代田信用組合は本件約束手形の振出日と同日の昭和三六年一二月九日、前記三立商事株式会社に対し、別紙書面記載のとおりの文言を記載した本件保証書を交付して同書面記載の約束手形金につき振出人たる関西製鉄株式会社と連帯して支払う旨の民事保証をした。そして、本件約束手形は、その番号が第一〇五号であり、金額が三六七万五、〇〇〇円であり、かつ同金額欄の肩に倉崎の印が押捺されているので、本件保証書記載の約束手形は本件約束手形にほかならないものである。

四、そして前記千代田信用組合の組合員であった訴外関西製鉄株式会社のためになされた本件保証は、中小企業等協同組合法第九条の八第一項第一号第四号に該当する行為であるから、同信用組合の事業目的の範囲に属し固より有効である。仮りに関西製鉄株式会社が千代田信用組合の組合員でなかったとしても、本件保証のような与信行為は客観的に信用組合の事業目的遂行に必要な行為であるから、その事業の目的の範囲内に属すると解すべきものである。

五、本件保証書は、その記載文言のうち、手形番号を示す「一〇五」という箇所、手形金額の「三、六七五、〇〇〇円」という箇所、および宛先の「三立商事株式会社」という箇所だけがペン書で、その余はすべて印刷されている。そして前記千代田信用組合は三立商事株式会社が本件約束手形を不特定の第三者方で割引くことを容易にするために本件保証を与えたものである。したがって千代田信用組合は本件保証書をもって宛先の三立商事株式会社だけでなく本件手形の所持人に対して、同手形金の支払につき連帯保証責任を負う旨の与信行為をなしたものであるから、本件約束手形の前記一連の譲渡に随伴して現に本件保証書の所持者となった原告に対し本件手形金三六七万五、〇〇〇円を支払うべき義務がある。

六、仮りに千代田信用組合が三立商事株式会社だけに対して、本件手形金債務の支払を保証する趣旨で本件保証書を差し入れたものとしても、右書面の前記形式からして、同書面は本件約束手形金債務に随伴する千代田信用組合の保証債務が存在することを示すものであり、かつその保証債務の移転方法は本件手形および本件保証書の交付をもってなしうるものと解すべきである。すなわち本件保証書は記名式所持人払債権証書に準ずるものというべきである。

七、仮りに、そうでないとしても、約束手形の支払場所の記載が金融機関である場合には、振出人において、その金融機関から資金を受け出して、自ら同手形の支払をするか、もしくは同金融機関に委託して、その支払をするという意思をもって、その手形を振出し、受取人および被裏書人等も、その手形金が、そのようにして支払われるであろうことを認識して、その手形の授受をすることは顕著な取引上の慣習である。そして本件約束手形の支払場所には千代田信用組合と記載されているので、その振出人たる関西製鉄株式会社は同信用組合に委託して同手形金を支払うか、もしくは同信用組合から資金を受け出して支払う意思をもって本件約束手形を振出したものであり、これを取得した原告もまた、右の事情を予想して本件約束手形を譲り受けたものである。

しかるに本件保証書によって本件約束手形の支払場所に指定された右千代田信用組合が振出人たる関西製鉄株式会社と連帯して本件約束手形金の支払を保証したから、単なる手形外の第三者が同手形金債務の支払を保証した場合とは異なり、同信用組合が関西製鉄株式会社の支払委任を受託したものと解されるので、右保証はあたかも為替手形の引受けに類以するから、千代田信用組合は本件手形および本件保証書の所持人たる原告に対し、同手形金を支払うべき義務がある。

八、よって本件約束手形および本件保証書の所持人たる原告は、右千代田信用組合の権利義務を承継した被告に対し本件約束手形金三六七万五、〇〇〇円および、これに対する支払呈示の日の翌日である昭和三八年二月一三日以降、右完済に至るまで年六分の割合による法定利息金の支払を求める。

第二、予備的請求の原因

一、仮りに前記千代田信用組合に対し連帯保証人としての責任が認められないとしても、同組合の理事長たる白記清太郎は、同組合名義をもって本件保証書を発行すれば、それが本件約束手形と一体をなして流通し、それらの所持人をして、同組合からも本件約束手形金の支払を受けられるものと誤信させ、その取得者に対し手形金相当の損害を被むらせることを十分に知り、あるいは少くとも、容易に、その危険性を感得すべき状況にあったから、本件保証書を発行するべきでないのに拘わらず、敢えて、同書面を発行した結果、原告に対して本件約束手形金相当の損害を被らせたので、同信用組合は白記理事長が、その職務を行うにつき原告に被むらせた右損害を賠償すべき義務がある。

二、仮りに本件保証書を発行したのが白記理事長でなく、同信用組合の職員たる倉崎正(専務理事)であったとしても同組合は前同様の事由により被用者が、その職務を執行するにつき原告に対して被むらせた右損害を賠償すべき義務がある。

三、よって原告は右千代田信用組合の権利義務を承継した被告に対し、本件約束手形金相当の損害金三六七万五、〇〇〇円および、右損害発生の後である昭和三八年二月一三日以降、右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、主位的および予備的請求原因に対する共通の答弁として、次のとおり述べた。

被告信用組合が昭和三八年八月一三日、訴外千代田信用組合を吸収合併したこと、原告主張の本件約束手形が右訴外組合に昭和三八年二月一二日、支払のため呈示されたが拒絶されたことは認める。本件約束手形の振出、譲渡の点は不知、その余の原告主張はすべて争う。すなわち

一、仮りに訴外千代田信用組合の白記理事長ないし倉崎専務理事が原告主張の本件保証書を発行したものであるとしても、かかる保証行為は同信用組合の目的の範囲外のものであるから、同信用組合は何らの責を負うべきいわれがない。けだし同信用組合は中小企業等協同組合法に基づく信用協同組合であるから、その権利能力は同法第九条の八所定の事業目的の範囲に限定され、普通銀行がなしうる支払承諾すなわち支払保証をすることは許されないからである。

二、仮りにそうでなく、信用協同組合にも支払保証をする能力が認められているとしても、本件保証は、その文言に照らして、千代田信用組合が訴外三立商事株式会社に対して本件約束手形金の支払につき保証の責を負うことを承諾したにとどまり、かつ信用協同組合は組合員の相互扶助を目的とする公益社団法人であって、組合員以外の者と取引することは許されないことからして、その保証債権の譲渡も、また禁止されているものというべきである。したがって本件保証債権を前記三立商事株式会社から原告が主張の経緯を経て、その譲渡を受けたとしても、千代田信用組合に対する関係では何らの効力も有しない。

三、仮りに、そうでなく信用協同組合が負担した保証債権の譲渡が許されるとしても、本件のように手形外の保証契約に基づく権利が、手形の裏書交付により、当然に被裏書人に移転するものではなく、かつ、原告主張の本件保証書が主張のような記名式所持人払債権証書に化体するものでもないから、本件約束手形の裏書譲渡および右保証書の交付に随伴して、本件保証債権が当然に譲渡されうることを前提とする原告の本訴請求は失当である。

四、本件保証をもって、実質的に為替手形の引受に類する手形金の支払受諾であるとする原告の主張は、何らの根拠もない独自の見解であり、かつ、かかる場合に手形関係者が右のような効果を期待して取引する慣習も何ら存在しない。

五、原告は結局、本件約束手形の裏書譲渡ないし、原告主張の本件保証書の交付だけでは、主張の保証債権を有効に譲渡を受けることができないのに、それを譲受しうるものと誤信して本件約束手形および右保証書の交付を受けたというにとどまり、前記千代田信用組合の白記理事長ないし倉崎専務理事が仮りに右保証書を発行したとしても、同人等の右所為は少くとも第三者たる原告に対する関係では何らの違法性がなく、かつ加害行為ということはできないから、千代田信用組合が原告に対し不法行為上の責を負ういわれがない。

六、以上の次第で原告の本訴請求はいずれも失当である。

証拠≪省略≫

理由

訴外千代田信用組合は中小企業等協同組合法に基づく信用協同組合であったところ、被告信用組合が昭和三八年八月一三日、同訴外組合を吸収合併して、その権利義務を包括的に承継したこと、原告主張の本件約束手形が昭和三八年二月一二日、その支払場所たる右訴外信用組合へ支払のため呈示されたが拒絶されたことは当事者間に争がなく、≪証拠省略≫を総合すると、本件約束手形が原告主張の振出および裏書譲渡を経て、現に原告の所持するものであることを認めることができる。

一、≪証拠省略≫を総合すると「訴外関西製鉄株式会社は前記千代田信用組合に対して金一、〇〇〇万円の定期預金をしていたが、商品の購入資金を調達するため本件約束手形をもって、訴外三立商事株式会社から融資を受けるにあたり、同訴外会社代表取締役橋本某が右信用組合の代表理事白記清太郎と交渉した結果、右白記は前記定期預金をして貰っている関係上、本件約束手形の信用をあつくするため、右信用組合が同手形金につき振出人たる同訴外会社と連帯して、その支払義務を負担する旨の民事保証をすることを承諾して、昭和三六年一二月九日、同信用組合の専務理事である倉崎正に命じて、その旨の本件保証書(甲第二号証)を作成させるとともに、それに対応して、本件約束手形の金額欄の肩に倉崎の印を捺印させたうえ、これを同訴外会社に交付した。そして右訴外会社は本件約束手形および本件保証書を三立商事株式会社に交付して融資を受けたところ、その後、本件約束手形が原告主張の各裏書譲渡によって原告に交付されたのに随伴して本件保証書も原告に交付された。」ことを認めることができる。≪証拠判断省略≫

二、ところで≪証拠省略≫を総合すると、前記関西製鉄株式会社は千代田信用組合の組合員ではなく、したがって同訴外会社の前記定期預金は組合員でない者との間に成立した預金契約に基づくことが窺われなくもない。そして右預金契約が中小企業等協同組合法第九条の八所定の組合員以外の者の預金を扱うことができる場合に該当しないことも弁論の全趣旨に徴して明らかであるところ右規定に違反して組合の役員が組合員以外の者の預金の受入をしたときは同法第一一二条により刑罰に処せられることになっているけれども、右処罰規定は昭和二六年に信用金庫法が制定されたのに伴ない、預金者の分野を政策上、区別制限したことから設けられたにすぎないものであって、その違反行為を実体上無効とする趣旨とは考え難いから(東京高裁、昭和三一(ネ)第二三四三号昭和三二、六、一九判決下民集八巻六号一一二九頁参照)、前記定期預金契約はなお無効でないというべきである。

してみると、千代田信用組合が関西製鉄株式会社のためになした前記保証は同信用組合の附帯事業として、その目的の範囲内に属すると解するのが相当であるので右保証もまた無効ということはできない。

三、そして前記保証契約は前記認定のとおり千代田信用組合と三立商事株式会社との間に成立したものであることが明らかであるところ、原告はそれを超えて、本件保証書(甲第二号証)の主張のような記載形式および保証人が金融機関で、かつ、手形の支払場所であることにより、右保証は保証人が記名式所持人払債権証書ないし為替手形における引受行為に類似する抽象的な保証債務をも負担したもので、それが取引における慣習でもあると主張する。しかしながら前記保証が原告主張のような事由によって、それがなされるに至った、いわゆる原因関係とは別個の不特定な手形所持人に対する抽象的保証債務に化体したとまでは到底認めることができない。けだし原告主張のような抽象的保証債務は本件についてみると手形債務に限って認められているのであって、その手形関係は手形面の記載のみによって決定されることが明らかであるところ、手形面の記載ではなく、別証たる本件保証書によって、本件手形金の支払を保証したにすぎない民事上の保証関係をもって手形関係と同視することは如何なる意味においても許されないといわざるを得ないからである。また原告主張のような取引上の慣習ないし慣行が存在することを窺うべき資料もない。

四、そうだとすると本件では、前記三立商事株式会社の千代田信用組合に対する本件連帯保証債権について、別途に民法第四六七条所定の債権譲渡の手続を履践したとの主張立証が何もないので、右保証債権が原告に帰属したことを理由とする原告の主たる請求は失当たるを免れない。

五、更に原告は予備的請求として、千代田信用組合は本件保証書の発行者として、同書面を信用した原告が本件約束手形の交付を受けたことによって被った損害を賠償すべき不法行為上の責任があると主張する。しかしながら右保証書(甲第二号証)をみると、千代田信用組合がなした本件保証は前記認定のとおり三立商事株式会社に対する民事保証であることが明らかで、その保証行為は何ら他人の権利を侵害するような違法性を帯有するものでない。また原告が千代田信用組合の承継人たる被告に対して本件保証責任を追求できないのは、前記のような債権譲渡の手続を履践しない結果にすぎないから、原告において本件保証書を信用して本件約束手形の交付を受けたことのみをもってしては千代田信用組合に対する関係でも損害の発生ありということができない。その他、千代田信用組合の職員が原告を錯誤に陥れるような違法行為をしたことを窺うべき資料もない。

よって、千代田信用組合は本件約束手形の保証につき、何ら不法行為上の責任を負ういわれがないから、原告の予備的請求も失当である。

以上の次第で原告の主たる請求および予備的請求を、いずれも棄却し、なお訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 滝口功)

〈以下省略〉

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